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盛岡簡易裁判所 昭和38年(ろ)2号 判決

被告人 赤石登

決  定

(被告人氏名略)

当裁判所は、右の者に対する傷害暴行被告事件について、次のとおり決定する。

主文

当裁判所が、被告人赤石登に対する傷害暴行被告事件につき昭和三七年一二月一八日付でした略式命令は、これを取消す。

本件公訴はこれを棄却する。

理由

本件公訴事実の要旨は、被告人は、昭和三七年一一月一四日午後九時過頃、東北本線渋民駅付近を進行中の下り沼宮内行旅客列車内において、向い合つていた乗客岩手郡岩手町大字川口第九地割一六番地の五小綿清民(二三年)と飲酒するうち、些細なことから口論となり、同人と取組んだ後、同人をその場に押し倒し、頭部を床に押しつける暴行を加え、更に翌一五日午後一時頃、右喧嘩の結着をつけるため右小綿方を訪れ、同人と飲酒するうち、同人の言動が被告人を蔑視するものと考えて憤慨し、同人を手拳で四、五回殴り、更に同人をころがすなどの暴行を加え、よつて同人に対し全治約一週間を要する後頭部打撲症等の傷害を負わせたというにある。

当裁判所は右被告事件につき、昭和三七年一二月一八日被告人を罰金一万円に処する旨の略式命令を発し、その謄本が郵便送達により同月二七日岩手県岩手郡岩手町愛宕下において送達されたことは、被告人に対する前記被告事件の記録に徴し明らかである。そして右記録中の沼宮内郵便局集配人府金春蔵作成の郵便送達報告書(証人府金春蔵の当公判廷における供述によれば、右送達報告書は、送達を実施した同人において、その送達に関する事項を、事実に即して記載作成したものであることが明らかである)には、受送達者本人に渡した旨の記載があり書類受領者の押印もあつて、一見右送達は適法になされたもののように見られる状況になつている。

略式命令は適式な送達によつて告知されなければならないし(刑事訴訟規則三四条)右略式命令謄本を被告人に送達することは、裁判所の単独でする訴訟行為であるけれども、このことは通常手続における判決宣告と同様、略式手続における終局裁判を告知するものである点、刑事訴訟の特別例外的手続である略式手続においては、被告人の有する公開裁判を受ける権利、証人審問権などの権利が保障されねばならぬところ、これがための正式裁判を請求するか否か、判断し決定するのに、その基礎となる重要行為である点、現行刑事訴訟法において、民事訴訟法の送達の規定を準用し、訴訟無能力者に対する送達は、法定代理人に対してなすべきものとされている点などを考慮すれば、被告人が訴訟能力を欠くため防禦権の行使が期待できない場合は、これに対してなされた送達行為そのものも効力を有しないものと解するのが、制度の趣旨に合致する解釈と考える。

今本件についてこれを見るに、一件記録中の医師菅原忠義作成の赤石登診断書、鑑定人小泉四郎作成の精神状態鑑定書によれば、被告人は精神異常の遺伝的負因を有し、予てから肺結核兼精神分裂病に罹つており、昭和三七年一二月二七日前記略式命令謄本の送達を受けた当時、右精神分裂病の不完全寛解状態にあつたことが明らかであつて、記録中他に右認定を覆すに足る資料はない。そして前記鑑定書によれば右不完全寛解状態にあつた被告人は、簡単な判断は可能であつても、全人格の関与した真の判断力を欠如していたのであり、刑事訴訟法上の意思能力を欠く者であつたと認められる。

本件略式命令謄本は、前記のとおり被告人に対して送達されその者親らこれを受領しているけれども、前認定のとおり当時被告人は正常な判断力を欠如し、訴訟能力を欠いていたのであるから、かかる者に対してなされた送達はこれなきものと同じく、全く効力を有しないのである。(大審院明治四三年(オ)第四二〇号、明治四四年三月一三日判決、民録一七輯一一六頁参照)

したがつて本件公訴は、その略式命令謄本送達の際における瑕疵のため、公訴提起後四箇月以内に略式命令が被告人に告知されなかつた場合と同様に、さかのぼつてその効力を失つたものと解するのが相当であると判断し、刑事訴訟法四六三条の二を準用して主文のとおり決定する。

(裁判官 石沢鞏三)

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